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大津地方裁判所 昭和42年(レ)3号 判決 1970年9月14日

控訴人 鵜飼新七 外二名

被控訴人 国

訴訟代理人 鎌田泰輝 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一、申立

一、控訴人ら

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人らに対し別紙目録記載の土地を明け渡せ、

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

二、被控訴人

主文同旨。

第二、本案前の主張

一、被控訴人

本訴において、控訴人らは、別紙目録記載の土地(以下、本件係争土地という)がもと滋賀県大津市南滋賀町字高砂五一番の四、原野四反五畝一二歩の一部にあたる(その後分筆された結果、現在は同所五一番の一〇、畑一反四畝一九歩の一部にあたる)ところ、右は控訴人らの共有にかかると主張して、本件係争土地を占有している被控訴人に対し、その明渡を求めている。しかし、右五一番の四(さらに、五一番の一〇)の土地は、登記簿上は控訴人ら三名の共有名義になつているが、その真実の所有権者は控訴人ら三名を含む尾花川町の住民によつて組織されている親友会(それは権利能力なき社団である)であり、換言すれば親友会会員の総有にかかるものである。控訴人三名の先代に本件土地の信託的譲渡がなされたとの控訴人の主張事実は否認する。

仮に各先代に信託的譲渡があつたとしても、右信託は受託者の死亡により任務は終了する(信託法四二条)。したがつて、控訴人ら三名には本訴の原告適格はなく、民事訴訟法四六条により親友会が原告となるか、親友会が同条の要件をみたさないとすれば、親友会の会員全員が原告となるべきである。なお、本訴は土地明渡請求ではあるが、所有権の確認を前提とするものであるから、結局、原告適格を欠き不適法といわざるをえない。

二、控訴人ら

本訴における控訴人らの主張は被控訴人の右主張のとおりであり、五一番の四(さらに、五一番の一〇)の土地が控訴人らを含む尾花川町の住民により組織されている親友会の所有に属することも被控訴人主張のとおりである。しかしながら、親友会は右土地の登記簿上の所有名義を控訴人ら三名の共有とすることによつて、その所有権を信託的に譲渡したものと解せられ、対外的には控訴人らが完全な所有権者として訴訟の提起、遂行をなしうるというべきである。しかも、控訴人らは実質的に所有権を有する一人であるから、訴訟を遂行することにいささかの疑をいれない。

第三、本案の主張

一、控訴人らの請求原因

(一)  本件係争土地はもと滋賀県大津市南滋賀町字高砂五一番の四、原野四反五畝一二歩の一部であつた。

(二)  右五一番の四の土地は控訴人らの先代を含む尾花川町の住民によつて組織されている親友会の所有するところであつたが、登記簿上は控訴人らの各先代(鵜飼新七、金井長右衛門、中島五郎兵衛)の共有名義にしていた。そして、控訴人らは相続あるいは家督相続によりその各先代の地位を承継した。親友会は右五一番の四の土地の所有権を控訴人らの各先代(さらに、控訴人ら)に信託的に譲渡したものであるから、対外的には控訴人らが完全な所有権者の地位に立つものである。

(三)被控訴人は本件係争土地を大津駐屯自衛隊用地の一部として使用し占有している。

(四)  そこで、被控訴人に対し所有権にもとづき本件係争土地の明渡を求める。

二、請求原因に対する被控訴人の答弁

請求原因(一)および(三)の事実は認める。同(二)の事実のうち、五一番の四の土地が親友会の所有するところであり、登記簿上は控訴人らの各先代の共有名義にしていたこと、控訴人らが相続あるいは家督相続によりその各先代の地位を承継したことは認めるが、その余は争う。

三、被控訴人の抗弁

(一)  滋賀県大津市南滋賀町字高砂五一番の四、原野四反五畝一二歩(別紙図面ネ、ナ、ト、ラ、ホ、へ、ル、オ、ワ、カ、ヨ、タ、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、レ、チ、リ、ロ、ソ、ツ、ネの各点を結んだ線に囲まれた部分)が順次分筆された結果、もと右土地の一部であつた本件係争土地は同所五一番の一二の一部に該当することとなり、被控訴人は昭和一八年九月九日旧海軍省の水上飛行場用地として周辺一帯の土地とともに本件係争土地を買収したものである。

すなわち、右分筆の経過を示せば次のとおりである。

(1)  昭和八年一二月一八日

五一番の四(四反五畝一二歩)→五一番の四(二反七畝二二歩),五一番の一〇(一反七畝二〇歩)

に分筆されたが、それは別紙図面イ、ハ、ヌ、ニ、L、Mの各点を結んだ線の西側を五一番の一〇、東側を五一番の四としたものである、

(2)  昭和一九年一月二〇日

五一番の四(二反七畝二二歩)→五一番の四(五畝二〇歩),五一番の一一(二反二畝二歩)

五一番の一〇(一反七畝二〇歩)→五一番の一〇(一反四畝一九歩),五一番の一二(三畝一歩)

にそれぞれ分筆されたが、それは別紙図面ロ、ハ、トの各点を結んだ線の北側を五一番の一一、五一番の一二、南側を五一番の四、五一番の一〇としたものである。

右に示したとおり、本件係争土地は五一番の一二の一部に該当するものである。

(二)  仮に右主張が認められず、本件係争土地が控訴人ら主張のとおり五一番の一〇に該当するとしても、被控訴人は、本件係争土地を昭和一九年一月二〇日から今日まで飛行場用地として占有してきたものであるから、二〇年を経過した昭和三九年一月二〇日には時効によりその所有権を取得したものである。そこで、本訴において右時効を援用する。

四、抗弁に対する控訴人らの答弁

抗弁(一)の事実のうち、被控訴人主張のとおりに存在していた五一番の四の土地が、登記簿上、被控訴人主張のとおりに順次分筆されたことは認める。しかし、昭和八年一二月一八日に五一番の四が五一番の四と五一番の一〇に分筆されたのは、別紙図面ロ、ハ、ヌ、ニ、L、Mの各点を結んだ線の西側を五一番の一〇、東側を五一番の四とするものであつたし、昭和一九年一月二〇日に五一番の四と五一番の一一に分筆されたのは、別紙図面ハ、トの二点を結んだ線の南側を五一番の四、北側を五一番の一一とし、同日に五一番の一〇を五一番の一〇と五一番の一二に分筆したのは、別紙図面チ、リ、ヌの三点を結んだ線の南側を五一番の一二、北側を五一番の一〇とするものであつた。すなわち、右分筆の結果、本件係争土地は五一番の一〇の一部に該当することになつたわけであるが、被控訴人は、何らかの手違いにより、本来買収すべきであつた五一番の一〇を買収し忘れたものと解するほかはない。なお、五一番の一二を始め本件係争土地の周辺の土地が被控訴人主張のとおりに買収されたことは認める。

抗弁(二)の事実のうち、被控訴人が本件係争土地をその主張のとおりに占有してきたことは認める。

五、控訴人らの再抗弁

(一)  被控訴人は本件係争土地を占有するにつき所有の意思を有していなかつた。すなわち、被控訴人は、五一番の一〇につき地租法(昭和六年法律第二号)により国税たる地租を課し、旧地方税法(昭和二三年法律第一一〇号)、さらに地方税法(昭和二五年法律第二二六号)により府県税あるいは市町村税としての固定資産税を課し、控訴人らはこれらを納付してきたものであるが、このように土地の前所有者がその土地の公租公課を支払い、占有者がこれを支払つていない場合には、その占有者には所有の意思がないものというべきである(大審院昭和一〇年九月一八日判決、民法判例総覧総則下一、〇三八頁参照)。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、右に述べたとおり、被控訴人は昭和二三年まで五一番の一〇の地租を控訴人らに課していたものであるから、本件係争土地が控訴人らの所有であることを承認していたものといわなければならない。したがつて、被控訴人の本件係争土地に関する取得時効は右承認により中断した。

六、再抗弁に対する被控訴人の答弁

再抗弁(一)および(二)の事実を否認する。もつとも、控訴人ら主張のように、被控訴人が五一番の一〇につき控訴人らに地租を課し、控訴人らが地租あるいは固定資産税を納付してきたことは認める。しかし、私人の場合と異なり、被控訴人にはもともと地租あるいは固定資産税の納税義務はないこと、地租あるいは固定資産税は土地台帳あるいは土地登記簿等に所有者として登記ないし登録されている者に対し課されるのであつて、その者が真に所有権を有するかどうかを問わないこと、本件係争土地が五一番の一〇にあたるかどうかは必ずしも一見して明らかではないこと、被控訴人においては各権限を行使する機関が分化しているが、この場合、どの機関の意思をもつて被控訴人の意思と認むべきかは係争法律関係と機関の有する権限との関連において決定されるべきところ、本件係争土地は海軍省所管の財産として管理が始められたのであるから、占有にともなう所有の意思の有無も海軍省関係の行政官庁の意思をもとにして判断すべきであることなどからみて、被控訴人は本件係争土地につき所有の意思を有していたものであり、控訴人らの所有であることを承認したものでないことはいうまでもない。

第四、証拠<省略>

理由

第一、本案前の主張について

被控訴人は控訴人らには本訴の原告適格がない旨主張するが、当裁判所は次の(1) ないし(2) に述べる理由により控訴人らには本訴の原告適格があると解する。

(1)  本訴は、本件係争土地がもと滋賀県大津市南滋賀町字高砂五一番の四、原野四反五畝一二歩の一部であつたが、その後分筆され、現在は同所五一番の一〇、畑一反四畝一九歩に該当するとして、右五一番の一〇を共有していると主張する控訴人らが、本件係争土地を占有している被控訴人に対しその明渡しを求めている訴訟である。

さて、<証拠省略>を総合すれば、前記五一番の四の土地は大津市尾花川町に古くより居住している住民四五、六名によりつくられている親友会という団体(法人格はないが、会長、副会長その他の役員が選出される)の所有であり、昭和一九年ごろまでは藻や泥の荷揚げ場として使用されていたが、対外的には、親友会の会員のうちから信用のおける控訴人らの各先代三名(鵜飼新七、金井長右衛門、中島五郎兵衛)を選び、その共有とすることにしたこと、したがって、登記簿上は、明治三八年一二月二三日受附をもつて同月二二日売買を原因とする右控訴人らの各先代の共有の登記がなされ、その後昭和三四年三月二三日受附をもつて家督相続ないし相続を原因とする控訴人らへの各持分の移転登記がなされており、また、旧土地台帳上も同様の登録がなされていたこと、控訴人らによる本訴の遂行につき親友会に反対することなく、むしろこれを支援していると思われることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実にもとづいて考えるに、親友会は前記五一番の四の土地を控訴人らの各先代に、次いで控訴人らに信託的に譲渡したものと解するのが相当であり、したがつて、控訴人らは、対外的には右土地が同人らの共有に属する旨主張することができると解するのが相当である。

(2)  さらに、観点を変えて考えてみるに、仮に、親友会の所有形態が被控訴人主張のごとく、もつとも団体的色彩の強い総有にあたるとしても、親友会の構成員は各自前記五一番の四の土地につき収益権能を有し、その行使を妨げる者に対しては各自妨害排除請求権を有するものと解すべきところ(東京地昭和四一年四月二七日判、下民集一七巻三・四号三五三頁参照)、本訴は、親友会の構成員である控訴人らが本件係争土地を占有している被控訴人に対しその明渡しを求める訴訟であるから、収益権能にもとづき妨害の排除を求める訴え(厳密に言えば、返還請求の訴え)であるともみることができ、したがつて、控訴人らに本訴の原告適格を認めることができるのである。

第二、本案について

請求原因事実のうち、親友会が控訴人らの各先代(さらに控訴人ら)に五一番の四土地を信託的に譲渡したとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。親友会が控訴人らの各先代(さらに控訴人ら)に五一番の四の土地を信託的に譲渡した(あるいは、少なくとも控訴人らが右土地の収益権能を有する)と解することができることは第一において述べたとおりである。

そこで、被控訴人の抗弁について考えるに、抗弁(一)はさておき、抗弁(二)の事実は当事者間に争いがない。

控訴人らは、被控訴人には本件係争土地を占有するにつき所有の意思がなく、仮にそうでないとしても、被控訴人は昭和二三年まで本件係争土地が控訴人らの所有であることを承認していた旨主張する。

被控訴人が控訴人らに対し五一番の一〇の土地につき地租法にもとづき昭和二三年まで地租を課し、控訴人らが地租を、次いで同年以降は地方税としての固定資産税を納付してきたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、<証拠省略>、原審における検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、本件係争土地の周辺の土地はすべて昭和一八年九月九日ごろ被控訴人により買収され、本件係争土地も含めて当初は海軍の用地として使用され、現在では大津駐屯陸上自衛隊の用地として使用されていること、したがつて、本件係争土地はその周囲を国有地にとり囲まれていることが認められ、(2) <証拠省略>は舞鶴海軍施設部に保管されていた本件係争土地の周辺の土地の買収に関する図面であるが、同図面には本件係争土地が五一番の一二と表示されていることが認められるから、右買収当時被控訴人(関係行政庁は海軍省)は本件係争土地を五一番の一二であると思つていたのではないかと推測され、(3) 地租法や地方税法においては、被控訴人に対し地租や固定資産税を課さないこととされて、おり(したがつて、私人間の場合においては、誰が地租や固定資産税を納付してきたかということが取得時効の要件としての所有の意思の有無を判定する一資料となるが、被控訴人にはそもそも地租や固定資産税の納税義務はないから、これを納付していないからといつて所有の意思がないとすることはできない)、(4) 地租法によれば、地租の納税義務者は土地台帳に所有者として登録されている者であり、地方税法によれば、土地の固定資産税の納税義務者は土地登記簿または土地補充課税台帳に所有者として登記または登録されている者であつて、いずれも登記または登録されている者に真実所者権があるかど5かを問うものではなく、(5) さらに、<証拠省略>によれば、法務局保管のいわゆる公図上、五一番の一〇と表示された土地が二か所あることが認められるなど、本件係争土地が五一番の一〇に該当するかどうかは必ずしも一見して明らかとはいえない状況にある(現に、原判決も本件係争土地は五一番の一〇にあたらないとして、控訴人らの請求を棄却している)。

右(1) ないし(5) に述べたところに照らして考えれば、さきに認定した被控訴人が控訴人らに五一番の一〇につき地租を課し、控訴人らが右地租を、次いで固定資産税を納付してきたという事実をもつてしても、被控訴人が本件係争土地を占有するにつき所有の意思を有していなかつた、あるいは被控訴人は本件係争土地の所有権が控訴人らにあることを承認していたとの控訴人らの主張を認めるに十分でなく、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、被控訴人は昭和三九年一月二〇日に本件係争土地の所有権を時効により取得したものというべく、その結果、控訴人らは本件係争土地の所有権を喪失したものといわなければならない。

したがつて、控訴人らの本訴請求は理由がないところ、これと結論を同じくする原判決は正当であるから、民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村三郎 上田豊三 岡村道代)

図面<省略>

目録<省略>

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